アメリカ生活 1年で変わったことは、「死が近くなった気がして」、「生活が質素になった」かな

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アメリカ生活 1年で変わったことは、「死が近くなった気がして」、「生活が質素になった」かな

モンタナにやっと夏が来ました!

今週月曜日、なんかちょっと今日暑くない?わーい!と喜んでたら、37度まで上がった模様。

うちは陽当たりが悪いので、家の中は冷えてましたけど・・。

が、これまた朝と夜は11度とかなので、過ごしやすいです。

さて、前回のブログを読んだ友達から、

前回のブログ:アメリカ生活 日本で父を看取って戻ってからちょうど1年、TEFL終了!

「何が一番自分で変わった?」と聞かれました。

これは、結構即答できるんですが、「”死”が近くなった。」

誰にでもこの回答するってことはないけど、質問してくれた友達も、今年、膵臓癌でお父さんを亡くしたということもあり、迷わず即答。

父が膵臓癌で倒れ、食べられなくなり、あれよあれよと小さくなり、亡くなったのを間近で見ていたので、「なんだ、人って簡単に死ぬもんだな」と実感しました。


2つめは、「人間死ぬときには、ほんとに、1人だ」、っていうこと。

とくに父は非常に社交的で、大量に知り合いや親しくしてる仲良しがいたってのもあるんですが。

もし元々ほとんど人と接さない生活をしてた人だったなら、こんな気づきはなかったかも。

周りもおそらく気を遣って連絡しなくなってる感じでした。

(あーでもそんなことないか、亡くなったその日の朝に短歌教室のお仲間から励ましメールをもらってたんでした。

あと、バレンタインのチョコも何人かからいただいて、ホワイトデーのお返しも妹と私が父の代わりにしたんだった!)

男性は(おそらく)気を遣って連絡をしてこないけど、女性はけっこう最期まで連絡をしてくれてたのか。


あんなに、パーティ好きで、短歌の泊りでの合宿もかかさず参加していた父ですが、最後のほうはもう数人としか時間を過ごしませんでした。

(って、わたしも、癌と比較するのもおこがましいけど自分なりに体調が悪いときに、人と一緒に過ごしたいって思わないですけど、まあ私は父と違ってパーティ嫌いだし社交的ではない。)


そしてあのころよく思ってたのが、「事故とかで突然亡くなってしまった人の周りって、どうやって死を受け入れられるんだろう。すごいことだ。」ということ。

病に倒れて数カ月間という準備期間があったのにも関わらず、父の闘病と看病、そして死、は、私にとってものすごい大きいことでしたが、これが、今朝元気で家を出ていったのに、昼頃、交通事故で亡くなりました、という連絡を受けた、とかだったら、どうだったんだろうか。

さらに、自分より若い人の死を受け入れるのとか、想像を絶する。


さて、「”死”が近くなった」からといって、「だから後悔のないように生きよう」とかいう言葉は湧いてきません。

むしろ、「すぐ死んじゃうんだから、頑張らなくてもいいよ」みたいな。

あ、これって、もしかしたら、”執着”を手放したってこと?違うか?!

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夫の、「地元に友達を作ったら?」にたいしても、「要らないなー。友達はすでにもうたくさんいるし、これ以上、作りたいとはまったく思わない」ってな感じで。

3つめは、「死ぬときには、所有してた”物”への愛着とか執着はない」

まあ、その物に誰かとの思い出とか、ものすごい苦労して手に入れた、とかならまた違うかもしれませんが、病に倒れて死がせまってくると、どんなに高級な服とか車とか家とか持ってても、それに対しての愛着や執着はなくなるような。


わたしはもともと物欲ない方なんですが、ますます物欲がなくなり、前住人が残していった、うすら汚れたカーテンとかそのまま使ってますね、そういえば。

関連記事:アメリカ生活 今日の気づき:物欲がないわけじゃなかった(欲しい物リストを作成)


”しつらえ”という言葉がなんか響きとか大好きなんですが、しの字もない今日このごろ。

まあ、質素のしがあるからいっか。


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