日本に帰国中 膵臓癌で亡くなった父:最期の最期まで仕切り屋だった

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日本に帰国中 膵臓癌で亡くなった父:最期の最期まで仕切り屋だった
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ブログを読んでくれてるあっこさんから、「お父さんかっこいいね」とメッセージをもらいました。

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たしかにかっこいい面もありましたが、とにかく仕切り屋で、しつこいという面も持ち合わせていました。

今回は、いくつかそんなエピソードを思い出してみます。

旅行のときのホテルは勝手に自分好みを手配して、娘に振込指示を出す父

父とは、何度か一緒に旅行に行きましたが、まずはホテルへのこだわりが強く、大きくてゴージャスなホテルを好みました。

妹と私の、「こじんまりとしたホテルがいい」というささやかな希望は、一切、完璧に、無視。

旅行代金を出してくれるならまだしも、3人で行った、パリでも香港でも、勝手に豪華ホテルを予約して、振込命令が私たちにとんでくる、という始末。
さらに、「振り込んだら連絡してね」という連絡が、振り込むまで毎日必ず来る

(ちなみに、母もこの傾向が強く、以前、妹夫婦と私と4人で久米島に旅行に行ったときは、母だけちゃんとしたホテルで、残り3人は民宿で雑魚寝。)

父と2人で行った台湾、父は「飛行機はビジネスクラスで行く」というので、「そんな金はない。エコノミーで行く」と返信したら、「じゃあ僕はビジネス、お前はエコノミーね。台湾の空港で待ち合わせしよう」ということに。
飛行機で隣合わせになった素敵なご夫婦にその話をすると、「あらー!!」と、ものすごく驚かれました。

去年の春、「一緒に熱海に行こう」という呼びかけに、「じゃあ、温泉旅館がいいな」と希望を伝えるも、「旅館は全部いっぱいだったから、素敵なホテルにした。夜ご飯は、フレンチのコースしかないけど、いいよね?」と。
(平日だし、旅館が全部いっぱいだというのは、嘘なはず)

とにかく洋食好きというか、肉好きの父。
こちらとしては、久々の日本だし、和食食べたいなあ~と思いつつ、アメリカから、ワーワー言うのもなんだしな、と諦めて父の思うとおりに。
(2泊両日とも、フレンチ。結果的には、とても美味しかったからよかったんですけどね)

父の場合、ただ単に自分の希望を言うだけでなく、行動もめちゃ早いので、なんというか、有無を言わさず、みたいな感じで。

遺言書を読み合わせる場でも、俄然仕切り始めた寝たきり状態の父

さて、2月に退院して家にいるときに、「父が亡くなった後のことについて、一度話そう」ということになりました。

父は、手書きで便箋に遺言書を書いていたのですが、それをもとに、今回手続きをお願いしている義弟のウッシーの後輩である税理士さんにも参加してもらうことにしました。

その日も父は、いつも通りぐったりとベッドに横たわっていました。

が、いざ税理士さんが到着し、部屋に全員揃うと、むくりと身体を起こし、立っていた母には「椅子に座って、ちゃんと聞くように」と指示を出し、始めの挨拶から、俄然仕切り始める。

不思議なことに、仕切り声にもどんどん張りがでてきて、一同、びっくりぽん!

「あー、こういう人を根っからの仕切り屋というのね~」と膝を叩きました。

自分が危篤になったときの、緊急連絡先の順序についても指示を出す父


さらに、もう最後の最後、亡くなる3日前に、お見舞いに行ったときに、医師から、「緊急連絡先について、確認させてください。」と、妹と私へ確認している際にも、脇から「豆子は電話を持ってないから、ポチにするんだ!家に電話してもママは電話に出ない!」などと、わーわー仕切りだす父。

「だーかーら、もうそうしたってば!大丈夫だってば!安心して寝て!」という私の大声優しい穏やかな声を聞いて、少し安心した様子でした。(ほんとか?)

妹と、陰でこっそり「パパの部下にはなりたくないねー。」「無理だねー」と何度もひそひそうなずき合いました。

何もせずにわがままだけ言うっていうのは一切なかったのは、確かですが。

学生時代からものすごくおしゃべりで、「口から先に生まれてきた男」と言われていた父。

父が亡くなった直後に、母がぽそっとつぶやいた、「おかしな人だったわねー」という言葉が、なんとも言いえて妙かと。しみじみ。
(父と母は、大学時代のサークル仲間)

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