東日本大震災311が10年前だったことに、軽く衝撃を受けた今日この頃。
あの瞬間、わたしは東京の職場で仕事してて、尋常じゃない揺れを感じました。
夫は千葉県我孫子の小学校で英語教師をしてて、学校の壁が倒壊して水が噴き出したりと、東京よりさらに被害が大きかったことを思い出しました。
当時住んでた千葉県柏は、輪番停電されてたし、通勤に欠かせない常磐線も不通になり、しばらく会社に行けず、かといって、パソコンを家に持ち帰るのが禁止されてたので、家で仕事もできず。
今ならテレワークできるんでしょうけど、当時はまったくそんな感じではなく。
そんな中、ふと、福島県原町市(現南相馬市原町区)に住んでいた、母方の祖父母のことを思い出しました。
おばあちゃんの美肌への執念を想う
原ノ町のおばーちゃんというと、顔パック!
彼女の執着は、顔の手入れだったと思う。
76歳で全身癌で亡くなった時まで、ついうっかりゆで卵と間違えられるくらい白肌つやつやでした。
小学生の頃、夏か冬に原ノ町で数日間過ごしてましたが、寡黙で厳しい祖母とは、ほとんど会話した記憶がありません。
ほんとに、必要事項以外は話さない、武士の娘みたいな祖母でした。(株の売買が大好きで、株屋と電話で喧々諤々やってた姿を、隣の和室から秘かに見聞きしてた記憶はあり。)
ただ、ものすごーーーーく印象的なのが、“真っ白顔面パックタイム”!キュウリとかレモンとかを、白い物質(小麦粉?!わかんない)に練りこんで、顔にのっけて、マッサージチェアに座って1時間。
その間、一切合切、コミュニケーション拒絶。
「おばーちゃん、どなたかが届け物に来てるけど、どうしようか?」と、可愛らしい孫(野山と海で山猿化したわたし)が話しかけても、ものの見事に、完全に無視。
彼女のあの行動は、自分の美肌への執着、とプライド、だったようにと思う。
(くーーーーー!!!お手製のパックの作り方を聞いておくべきだったー😢)
彼女のことを思い出すと、改めて、「執着を手放す」のが、ほんとに素晴らしいのか、腑に落ちません。
あまり幸せな、納得のいく人生を送れなかったようにみえる、高貴な武士の娘風の祖母が、美肌を維持することで自尊心とか自己肯定感を持てた(と勝手に推測)のであれば、全然ありだったかも。
あ、だけど、美肌(高貴さ)への執着を捨てられれば、もっと気楽にというか自分らしくというか外に楽しみを見いだせたのかもしれない。ぶつぶつ。
関連記事:アメリカ生活 未来から今を振り返り執着を捨てて覚悟を決めて今一歩前に踏み出す、だって。